d-moble essays

第1話 Zaurusがやってきた!<前編>(2003.7.15)

みなさんはPDAをお使いでしょうか。
このサイトにおいでになる方々の中にはPDAってなに? という方も多いかもしれません。PDAは「Personal Data Assistant」の略で、スケジュールやアドレス帳などの個人が日常の生活や仕事で使う情報を持ち歩き、簡単に使えるようにするための小型の機械です。「なんだ、電子手帳のことか」とか「そんなの携帯電話でできるよ」といった声が聞こえてきそうですが、どちらも正解。PDAという特定の商品がある訳ではなく、いわば機能の名称で、こういった機能を持つ小型の情報機器がPDAと呼ばれることが多いのです。

私の前PDA時代〜手帳とパソコン

私自身は、比較的長いこと6つ穴のシステム手帳を使ってきました。
最初は1980年代後半に流行ったバイブルサイズを使い始め、次にA5サイズ、そしてまたバイブルサイズに戻りましたが、元来不精な私にとって、予定が変わったり情報が新しくなるたびに紙を書き換え、差し替えるというのは極めて大きな苦痛でした。仕事をする上でスケジュール管理は必須ですから面倒でもやらねばならないとはいえ、「もっと楽な方法はないものか」と思い続けていたのです。
A5サイズを使っていたのは、会社の書類なども2分の1に縮小コピーすれば容易に持ち歩けると考えたからですが、いちいち必要な書類をコピーして穴をあけて挟み込み、古いものは必要に応じて更新して...というのは結構面倒なもので、あまり長続きはしませんでした。
ちなみに、このころの私の愛読雑誌はナツメ社の「B Tool Magazine」。文房具やワープロの愛用者にとっては夢のような雑誌でした。密かに復刊してくれないかと期待しているのですが、難しいでしょうね。

紙の手帳と並行して、ノートPCと電子手帳ソフトという組み合わせも試したことがあります。しかし、これは当時の(Winodwsのバージョンが3.1だったころです)PCの性能やサイズでは手帳を完全に代替できるものではありませんでした。
東芝が発売したLibretto20という小型のノートPCとソフト(Lotus Organizer)の組み合わせが比較的理想に近く、一時期紙の手帳の使用をやめたこともありましたが、当時のPCの性能はまだまだ低く、意外に動作の重いソフトだったOrganizerを手帳のように快適に扱うことは難しかったのです。

ただ、この頃になると手帳を手書きで修正するということはあまりやらず、Organizerでデータを修正してプリントアウトした物を手帳に挟み込むという方法が私なりの妥協点として定着していました。
外回りではなかったので、毎日のスケジュールは一つか二つであったので、書き換えはそう多くはなかったのです(にもかかわらず手書きの修正がいやだなんて、かなりのめんどくさがりですよね)。
当時、すでにシャープが「Zaurus」という電子手帳を大ヒットさせていましたが、定番嫌いの私にとっては「あれはオヤジの道具」であり、すでにPCのキーボードになれていた私にとって、手書き漢字認識という入力方法は非効率な、時代遅れのものに感じられ、購入する気にはなれませんでした。

革命の日〜Palmの登場

1997、8年頃になってあいかわらず手帳から離れられなかった私にも、「これだったら」と思わせる選択肢が登場しました。アメリカでヒットし、英語版のまま輸入販売が始まっていた「Palm Pilot」という、キーボードのないシンプルなPDAです。
単体でも使えると同時にPCとの親和性を重視した設計で、スケジュールやアドレスなどのデータ入力はPCで行い、ホットシンクと呼ばれるワンタッチのデータシンクロ機能で転送し持ち歩く、修正のみPDAで手軽に行う、という思想はまさに私が長年望んでいた環境と思われたのです。キーボードはなく、入力方法はグラフィティという独自の手書き文字認識でしたが、主たるデータ入力はPCで行えるので大きな問題ではないように思われました。
すでに英語版に日本語対応するためのソフトウェアを導入して使い始めているユーザーも増えているようでしたが、そこまでのチャレンジ精神もない私は「すぐに日本版が出るに違いない」と待ち続けていました。

そして1999年、なんと日本IBMが待望の日本語版Palmの1号機、「Workpad」を発売、私は発売間もない3月6日、妻の分と合わせて2台を早速購入し、使い始めました。この日から今日に至るまで、私は紙の手帳を一日も使用しておらず、この日は私のスケジュール管理革命記念日といえます。

Palmは私の期待以上のPDAでした。
情報の転送を行うホットシンクも快適でしたし、たとえばPCでインターネットのニュースサイトを巡回してニュースを集めPalm用に変換して転送するなど、情報ビュアーとしての実用性を高めるソフトウェアが、多くの場合フリーソフトウェアとして公開されていたため、工夫次第で用途が広がる楽しさもありました。
また、多くのユーザーWEBサイトがあり、ユーザーコミュニティに活気があふれているのもPalmの魅力の一つといえます。
私自身も、社内でまだ少なかったユーザーとユーザーグループを作り(なんといっても名乗るだけですから簡単にできます)、周囲にもかなり勧めたものです。

輝きを失ったPalm

こうしてスケジュール管理革命を成し遂げたPalmでしたが、一つだけ問題がありました。あっというまにメジャーになる一方で、本家のPalmやHandspringなどのアメリカのメーカーはどんどんと勢いを失い、いつの間にやらPalm機といえばソニーのCLIEばかり、という状態になっていたのです。
私はソニーは好きですが、PDAとしてのCLIEは音楽や動画などのマルチメディアプレーヤとしての性格が強くなり過ぎ、カメラを内蔵するなど上位機種では肥大化の傾向も顕著になってしまいました。ライバルとなったPocket PCが早くから音楽ファイルや動画の再生機能を全面に押し出して販促を行ったのと呼応するように、CLIEもまたPDAではなくマルチメディアプレーヤとしての性格を強めていったのです(おそらくソニーは最初からCLIEを単なるスケジュール管理の道具と考えてはいなかったでしょうから、ライバルの存在がなくてもこの流れは止まらなかったでしょうが)。

たしかに、スケジュール管理などの旧来の電子手帳の機能しか持たないのではユーザー層は限られています。携帯電話がユーザーの使い方をリードするように次々と革新を遂げる一方で、携帯電話とPCとの狭間の存在ともいえるPDAもまた、多機能化への道を歩まなければ消えてしまっていたでしょう(実際、現状でもPDAは携帯電話やPCと比べると極めてマイナーな存在です)。
とはいえ、マルチメディアの再生機能は確かに便利ですが、あえてPDAでなければできない機能ではありません。むしろ、MP3形式やWMA方式などの圧縮音楽ファイル再生ができる専用プレーヤの方が、持ち歩ける曲の数や音質、使い勝手などで優れています。PDAは、やはり個人の情報管理に優れていてこそ他の付加機能が活きるものであって、おまけの方が大きな顔をしたのではまるで食玩のようです。

いずれにせよ、気が付けば周囲のだれもが判で押したようにCLIEを使っている状況は、私にとってはPalmへの興味を薄れさせるに十分でした(そう、私は流行ると途端に興味が薄れる天の邪鬼なのです)。
2003年4月、使っていた2台目のPalm機であるVisor Prismが壊れると、私は3台目のPalmを買う気持ちにはなれないでいる自分に気が付きました。

(後編へ続く)

<2003.7.15>

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