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第13話 良いオープンダッシュ、悪いオープンダッシュ(2001.10.31)

今回のエッセイは、ねこまたさんのWEBサイト「Under the Sea!」に掲載された「しっぽの気持ち 07『オープンダッシュについて』」と併せて読んでください。
結論を先に言えば、東京ディズニーランドなどで入園と同時に目的地に走る「オープンダッシュ」についてのねこまたさんと私の感覚はほぼ同じであると私は思っています。

私はこのサイトの他の文章でも、パーク内で走ることは絶対にやめてほしいという主張をしています。おそらく単純な割り切りは難しい問題であろうとは思いますが、本来走らなくても良いパークであることが望ましいことであるという点ではかなり多くの方々が同意してくださるのではないでしょうか。
パーク内で走っている人も、走っていない人も、一度「なぜこんなにも多くの人が走っているのか?」を考えるきっかけとしていただければ、幸いです。

さて、TDLやTDSで走ることが禁止されていること、その理由は安全確保にあることは、既に議論の余地のないことです。それはパークを運営するオリエンタルランド社が決めたルールであり、それ自体がおかしいとか納得できないといった議論はここではしません。
禁止を承知の上でも走らざるを得ない現状をどうとらえるかが、このエッセイのテーマです。

ねこまたさんが提起した問題は、走らざるを得ない事情をそれぞれに持つゲストに対して、近隣に住み何度もパークに通うことのできる立場のゲストが「走るのはルール違反」と非難することへの疑問、あるいは違和感だと私はとらえました。
確かに、近隣に住み年間パスポートを所持していれば、走らずに済む平日を選んで入園することも可能でしょうし、今日はこのショー、明日はこのショップといった具合に目的を絞って遊ぶことも可能です。こうしたゲストが走ってショーの最前列を確保したとき、かなり多くの人がその身勝手に怒りに近い感情を持つと思います。
一方で、年にたった一度、クリスマスシーズンの週末に遊びに来るゲストにとって、その日のショーは最初で最後のチャンスといえます。この両者を並列にして「走るな」というのはたしかに難しいことでしょう。
そこで、このエッセイのタイトルが登場します。「良いオープンダッシュ」と「悪いオープンダッシュ」があるのだろうか。

心情的には、善し悪しはあるのでしょう。
たった一度のチャンスのために家族の期待を背に走るお父さんを非難する気持ちにはなりにくいものです。一方で、年間パスポートをフルに使い毎日のように通い詰め、ショーの最前列を組織的に確保する常連ゲストに対しては反感を持ちやすい。私自身もこの傾向があります。
しかし、両者を分かつものは一体なんでしょうか? 年間パスポートの所持、年間の入園回数、キャストの印象、いずれをとっても「悪いゲストによる悪いオープンダッシュ」を他のゲストからより分ける決定的な基準にはなり得ません。
どこまでなら良いのか、どこから悪いのかは人によりブレます。仮に何らかの基準を定めてキャストが注意喚起をすることになったとしても、やはりキャストによる差が発生するはずです。最後は人が判断する以上は仕方のないことです。
つまり、「良いオープンダッシュと悪いオープンダッシュ」を完全に分けることなど不可能だと、私は思うのです。私に関していえば、直前に嫌なことがあれば、普段なら笑ってすませるような事象でも「なんと身勝手なゲストだろう」と怒り出しかねません。人の感情などそのようなものだと思います。

家族のためにやむを得ず走るお父さん(お母さんでもかまいません)の多くは、心のどこかで「こんなコトしちゃいけない、でも子供の笑顔には...」という思いを抱きながら走っていることでしょう。私はこの気持ちこそが大切だと考えます。
私はこのサイトで以前に公開した「魔法が効かない人たち」で以下のように書きました。

誰もが完璧にはなれません。
お子さんの誕生日のために、どうしてもディナーショーのチケットを確保したい日もあるでしょう。長年夢見た入園時に、話題のパレードをなんとしても良い場所で見たいかもしれません。私はそれを否定するつもりはありません(もちろん、「走る」ではなくせめて「急ぐ」にしてほしいですが)。同じショーを何度も見るべきでないとも思いません。
しかし、他のゲストの笑顔を奪っていないか、わが身を振り返るゆとりを、大切にしたいと思います。

自分の行動を冷静に見つめる視点さえ失っていなければ、走っていても目の前の子供にぶつかったり、他のゲストを突き飛ばしたりはしないでしょう。
しかし、私たちの心は決して強くはなく、自分自身の行動を正当化する論理に陥りがちです。「申し訳ないが今日だけは」が「だってしょうがないじゃないか」に変質するのに、そう長い時間は必要がないでしょう。
座るべき場所に立ってしまうゲスト、後を確かめもせずに子供を肩車するお父さん、前のゲストに断りもせずに子供を割り込ませるお母さん、みんなが「だってしょうがないじゃないか」と思って自分の良心に蓋をします。
だからこそ、私たちは自分が他人の笑顔を奪い取る存在にならないよう、いつも自分の行動を見つめ直すことを忘れてはならないのだと思います。時には思い出して後悔することもあるでしょうし、注意を受けて思わず反発することもあるでしょう。
しかし、そこで自分の行動に問題があったのではないかと振り返るゆとりだけは失わないでおく、それが大人というものだと私は思っています。

さて、ねこまたさんが提示した疑問に私が答えるとしたら、やはり「走ってはいけない」となります。しかし正面切って非難することはないでしょう。
たとえ2年振りのTDLであり、子供達は何ヶ月も待ち望んだショーであっても走ってはいけないのは同じです。走るあなたは、確実に何人かのゲストからショーを座ってみるチャンスを奪っています。中には全く同じ条件のゲストもいるかもしれません。
それをわかった上で、自分の弱さや身勝手を十分に認識して、それでも走るしかない立場を私は否定しません。頭ごなしに否定できるのはきっと強い人でしょう。
しかし、それを肯定することもやはりできません。
なにやら白黒をつけずにグレーで丸め込むようではありますが、人の弱さを認めることもまた、テーマパークを楽しむ上で欠かせないゆとりの一つであるようにも、私には思えるのです。
オープンダッシュの善し悪しをルールとして厳密に分けることはできなくても、自分自身の行動と心の持ちようをコントロールすることは不可能ではありません。
上で引用した自分自身の文章を再度掲載して、このテーマに関する現時点での結論としたいと思います。

どうしてTDLが好きなのか、どんな瞬間に喜びを感じるのか、それは多くのゲストに共通しているはずです。
今度、パークに入園するときには、ちょっとだけゆとりをふやして帰ってきませんか?

<2001.10.31>

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