第2話 写真の楽しみ 前編−デジタル写真で何が変わる?(2001.2.2)
今回はいきなりディズニーから離れてしまいます。
次回にディズニーにつなげますので、お許しください。
私が写真を撮りだしたのは、中学2年に写真部ができたときからです。
その春に異動してきた社会科の三好先生が「写真部を作ろう」と言い出し、彼を慕っていた生徒の何人かが初期部員となって発足、学校の物置を片づけた暗室での活動をスタートさせたものです。この暗室、先生がちゃんと使用許可を取っていなかったのか、学校祭を控えたある晩の現像作業中、見回りの方が「おい、なにしてるっ!出てこんかっ」という事件もありました。
暗室ですから、開けられたら大変です。生徒二人でドアが開かないように押さえながら、先生が「社会科の三好です。ここは写真部で借りていて...」と必死の説得(時間稼ぎ?)をしながら、奥では暗闇の中で現像作業を進め、ネガは全て無事でした。
いずれにせよ、ネガを現像して選択し、じっくりと作戦を練り印画紙への露光、そして薬液の中でに徐々に現れる画像、という写真づくりのステップが、作品への思いをさらに強めてくれました。
私にとって写真の楽しみは、ひとことで言うなら「感動を焼き付ける」ことにあります。月並みではありますが、旅行や散歩の途中で、心が動かされる瞬間を残しておきたい。大きな感動ばかりではなく、ちょっと目に付いただけ、おや、と思うなど、感動にもいろいろなものがあります。その記録としての写真は、感動を呼び戻すためのトリガーです。
単にトリガーとしてだけならば、そう凝った写真は不要なのかもしれません。どんな写真からでも「ああ、この秋にフロリダで結婚式を挙げたっけ」という記憶はよみがえります。
けれど、その頃、自分自身が興味を惹かれたものやことを、できるだけ多く未来に残していくためにも、数多くの写真を撮り、その中で強く心動かされるものを保存しておきたいと思うのです。
それゆえ、旅行ではフィルムはもったいないと思わずに使うようにしています。30本の36枚撮りフィルムを現像してプリントにかかるお金は5万円弱、0円プリントならその半分以下になります。たしかに、旅行後の出費としては小さくありませんし、整理も大変ですが、旅行後3年もしてから眺めれば、たくさん撮っておいて良かったと思うこと請け合いです。
よく、「前のフィルムがまだ残っていて...」なんていう話を聞きます。私の両親もそうで、その割には「どうしてこの隣にあった○○を撮らなかったんだろう」なんて言っています。
けれど、フィルムの中に閉じこめておいてもトリガーは働きません。フィルムが足りなくなるくらい、目に付いた全てを写しておきましょう。オートフォーカスで露出も自動になっている今のカメラなら、よほどの条件でない限り失敗は減りました。あとは手ブレに注意して、たくさん撮るだけです。写真一枚のコストなんて、フィルム代や現像代を全て足しても100円にもなりません。たった100円のために大切な瞬間を残し損ねるより、シャッターを何度も押してしっかりと記録したいものです。
私が中学校時代に感じた、ネガの現像から作品づくりにいたるプロセスを、そのまま自宅で実践することは簡単ではありません。
その代わり、今では「明るい暗室」ことパソコンでの画像加工と高画質プリンタでの印刷が、手軽に楽しめるようになっています。しかも、カラー写真をモノクロにしたり、古い色あせた写真をよみがえらせることもできますし、A4サイズの引き延ばしなら手軽にできてしまいます。
デジタル写真(デジタルカメラで撮るだけでなく、フィルムでの撮影後にパソコンに読み込んで加工するものも含めて)いは、従来の「撮って、プリントして、見るだけ」の写真の楽しみを大きく拡げる可能性があります。
デジタルカメラはまだまだ高価ですが、通常のプリントやパソコンやテレビの画面で楽しむには、高級モデルにこだわる必要はありません(カメラの選び方については、またどこかで書きたいと思います)。今この瞬間は、あとで取り返すことはできません。フィルム代がかからない分、遠慮せずにたくさんの場面を残せるデジタルカメラは、写真の楽しみ方を大きく変えようとしているのだと思います。
<2001.2.2>
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